HEARTS/Double Bside

HEARTS
Double

Singalong

2016,06,18
Ry Cooder
「Paris Texas」

スライドギターの名手として知られるライ・クーダーRy・Cooderは、1947年3月15日、ロサンジェルスで生まれます。8歳のときからギターを始め、今ではギタリストとして唯一無二の存在。

 

彼の一番の特徴とも言えるスライドギター。

スライドギターとは、指にガラスや金属製のボトルをはめて演奏する奏法のことを言います。

単にスライドのテクニックだけで比べたらライ・クーダーを超えるミュージシャンは多くいると思いますが、彼にしか出せない独自の乾いたサウンドは、一度聴いたら耳から離れないサウンドです。1970年にソロ作をリリース後、彼は商業的に惑わされない「不屈の音楽」を探求し続けます。

戦前ブルース、ゴスペル、テックスメックス、スラックキー・ギター、ビーバップ、R&B…彼は他のミュージシャンがどうやってレコードを売ろうかと躍起になって考えている一方で、「どうしたらもっとうまいプレーヤーになれるか」だけを様々な音楽に触れ合う中で見出そうとしていたのでした。

そんな中彼はある一つの方法に行き着きます。

それは、旅をしながら曲を制作すること。

国境沿いの田舎町や港町、太平洋の島、南米や沖縄と、彼の音楽は、世界中を旅することで制作されてきました。しかし、旅を続けることで、彼は様々なものを失ってしまいます。
一見他人から見れば、彼の人生は刺激に満ちたものに見えるかもしれませんが、実際、彼のアルバムは全て合わせても数十万枚しか売れておらず彼の家族は生活がままならず、音楽の旅をやめないといけなくなりました。

そんな時、人生の転機が訪れます。それは映画に音楽で彩りを与える仕事でした。
彼はもともと自ら曲を書くことはほとんどなく、その代わり他のアーティストがつくった知られざる過去の曲を、自分流にアレンジするのが得意でした。

そしてなによりも映画のトーンを読み取って、それを音にする才能があったのです。
そこに真っ先に目を付けたのが映画「ロング・ライダース」(1980年)のウォルター・ヒル監督でした。
当初劇中においてライ・クーダーの音楽を起用することを発表すると、「彼は金にならない」とハリウッドの人間達に笑われたそうです。

以降、「 ボーダー 」「 ストリート・オブ・ファイアー 」「パリ・テキサス」「クロスロード」「ブルーシティ」「ジョニー・ハンサム」などの映画音楽を手がけていくうちに、一度は音楽を諦めなければならないくらいにどん底だったライ・クーダーは完全に開花します。

1990年代にかけて、ライ・クーダーは映画の中で旅を再開するのでした。

その中に今回紹介する曲があります。
今では彼の代表曲となった『Paris, Texas』です。


Paris Texas /Ry Cooder

iTunes

ヴィム・ヴェンダース監督の映画と同名のこの曲は、昔から彼が愛してやまないブラインド・ウィリージョンソンの「Dark Was Night」という古いメキシコ民謡をアレンジして制作されています。


映画の内容はと言うと、失踪した妻を探しテキサス州パリをめざす男の物語。荒野の地平線まで続く一本道、華やかだけど、寂しささえ感じるモーテルのネオンの風景とライ・クーダーのけだるいギターがとても心地よい。
そのシーンを観るだけでも価値がある作品だと思います。
美しいテキサスの風景、砂漠を歩く主人公が直面する死への不安や緊張、期待といった人間の理をスライドギターで見事に表現しています。

ライ・クーダーがこの曲で使っているギターはハーモニー製の古いオール・マホガニーのギターですが、なんとニューメキシコ州の民家の地下室で見つけたものだそうです。

ギターの状態は良くなかったそうですが、あまりにも良い音がしたので持ち主から借りてレコーディングに使用したそうです。当時のレコーディング技術ではこのギターの音を伝えるのが難しく、マイクをギターから70センチ、1,5センチの2カ所に2本ずつのマイクを置いて厚みのある音づくりをしたという逸話も残っています。

そして驚くべきはこの曲の収録にかけた時間がわずか45分である事。
映画史に残るほどの作品がたったの45分で仕上げられたとは。
後に手がけたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブにいたっては、アーティスト探しから選曲、録音までわずか一週間だったといいます。

そして。
もうひとつこの映画で注目したいのが、主人公の妻役を演じたナスターシャ・キンスキー。

Mauricio Colladoさん(@mauriccio)が投稿した写真 - 2016 6月 16 6:33午前 PDT

ボートネックのトップスが抜け感のあるシルエットで大人っぽく、背中が大きく空いたデザインもとても印象的です。センターパートのボブは顔周りが大きくうねり、毛先が内巻きになっています。時代の違うスタイルなのに今見ても古くなくカワイイ。セクシーでいてキュートなジェーンの危うい雰囲気は今でも惹き付けられます。

そして、主人公トラヴィスのジャケットに大振りの襟のフレンチカラーのシャツ、そこに赤いキャップというのがマネしたくてもマネ出来ない上級者向けのセンスの良さを感じました。最近でもこのスタイリングは、アパレルブランドのLook Bookでもよく見かけますよね。

音楽、映像、ファッション、ヘアースタイル、今でも参考になる多くの要素が入ったこのパリ・テキサス。この記事を書くにあたって久しぶりに見返してみたら、以前見た時よりも、映画に、音楽に入り込んでいました。

 

彼は名声を得るまで多くの葛藤を繰り返してきました。
ふとした瞬間に「誰がこんなもの(曲)を必要とするんだ?」と自問自答することさえあったようです。

そんな時は思いとどまってこう考えたそうです。

「僕がこの曲を必要とするんだ」

かっこよすぎる・・・

ライ・クーダーが音楽の旅を続け、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとのキューバ音楽を聴かせてくれたのが1997年。このアルバムは全世界で100万枚以上を売り上げました。荒野をさすらう若者はいつしか成熟した大人の流れ者へと成長をとげ、今でもすべての旅人のための音楽としてあり続けています。

これから迎える夏休みシーズン、是非旅のBGMにしてもらいたいですね。

written byDouble / 中原章義