HEARTS/Double Bside

HEARTS
Double

Singalong

2016,10,01
Chemical Brothers
「Let Forever Be」

ロックとダンスミュージックを融合させた先駆者である、テクノ、エレクトロユニットのケミカルブラザーズ。

 

1989年、イギリスのマンチェスター大学の学生だったトム・ローランズとエド・シモンズの二人によって結成され、1992年にダスト・ブラザーズ名義で楽曲のリミックスを中心に活動を開始しました。

 昼間はレコード店で働き、夜は彼らの尊敬するバンド、ニュー・オーダーが経営するクラブ「ハシエンダ」に入り浸るようになりDJとして活躍し始めます。

その後、ロンドンの伝説的なクラブイベント「ザ・ヘブンリー・ソーシャル」でDJを担当し、徐々にその名が知れ渡るようになります。
このイベントの来場者の多くは、当時のイギリスの音楽シーンを盛り上げていたロックミュージシャン達(オアシス、プライマルスクリーム、ライド、マニック・ストリート・プリーチャーズetc)であり、これを機に彼らとの交友関係を深めていきます。ロックとダンスミュージックを融合させた彼らのスタイルは、ここに由縁があったのです。

そしてこのイベントで出会ったロックバンドの協力を経て、ダスト・ブラザーズとして初のアルバム制作にとりかかります。

このロックとダンスミュージックを融合した音楽を、イギリスの音楽雑誌が「ビッグ・ビート」と評し、新たな音楽ジャンルを築き上げたのです。

しかし頭角を現し始めたこの時期、すでに存在していたアメリカの同名グループ、ダスト・ブラザーズ(以前紹介したアーティスト、ベックのアルバム「オディレイ」の共同制作者)にクレームを付けられ、現在のケミカルブラザーズへと改名することになるのです。

ところで、ニュー・オーダーにケミカルブラザーズ…なぜブリティッシュテクノの発信源はマンチェスターだったのでしょうか?

これは世界各地におけるテクノの発展にある共通点が見られることから、推測ができそうです。

まず、テクノ・ポップの原点と言われるクラフトワークはドイツの出身であり、その影響を受け世界に広めたYMOは日本出身。日本、ドイツはともにテクノロジー大国であり自動車産業が最も発展した国であり、マンチェスターも18世紀に起こった産業革命の祖となるテクノロジー先進都市でした。

そしてテクノというジャンルの語源は、当然ながら「テクノロジー」の略であり見事にその本質を表しているのです。テクノロジー先進都市にはコンピュータが得意な、どちらかというと理系の人が多く集まります。

そんな人達が音楽をやるとなると、仲間を集めて楽器を弾くというよりは、コンピュータで音楽を作る方が得意であり、自然な流れなのかもしれません。

マンチェスター大学出身の彼らにもやはりその流れがあったのではないでしょうか。

 

90年代中盤に差し掛かると、当時のイギリスのロックシーンは似たような音楽性のバンドで溢れ、飽和状態に。

そんな中、世間が求めていた高揚感や躍動感を持った「ビッグ・ビート」が最高のタイミングで登場し、ケミカルブラザーズは音楽シーンの主流へと駆け上がりました。

ケミカルブラザーズの優れている所は、音楽性だけではなく、時代の空気を読む鋭さと人脈の広さなのではないかと思います。

1997年にリリースした2ndアルバム「ディグ・ユア・オウン・ホール」は、当時人気が絶頂だったオアシスのノエル・ギャラガーを起用し、かく言う自分もその一人ですが、ダンスミュージックを苦手としていたロックファンを見事に取り込む事に成功します。

そしてがUKチャートで1位を獲得し、その人気は最高潮に達するのです。
ブリットポップ一色だった当時のイギリスの音楽シーンに新たな流れを作り出した瞬間でした。

Henri Ngさん(@henri_ng)が投稿した写真 - 2016 8月 21 12:18午前 PDT

 

そして、今回ご紹介する曲がケミカルブラザーズの「Let Forever Be」です。

この曲を語る上で絶対にかかせない協力者がフランス出身の映画監督・映像作家であるミシェル・ゴンドリー。まずはこちらのPVをご覧下さい。

「Let Forever Be」

 

夢の中にいるような不思議な世界観を見事に表現しています。
映像作家と並行してドラマーとしても活動していたそうで、独創的でリズミカルな作風にはその経験がうまく活かされているのだと思います。

ミシェル・ゴンドリーは、他にもビョーク、ローリング・ストーンズ、レディオヘッド、フー・ファイターズ、ベック、ホワイト・ストライプス、ポール・マッカートニー…etcと、そうそうたるミュージシャンのPV制作を手がけています。

これら、どのアーティストの作品も映像と音楽が見事にリンクしていて、思わず何度も観てしまいたくなりますが、中でもケミカルブラザーズとの製作は、相性が抜群です。

その理由として、ケミカルブラザーズとミシェル・ゴンドリーには意外な共通点がある事が関係しているのかもしれません。

それは、どちらも「アナログ」と「デジタル」をうまく使い分けているところです。

ケミカルブラザーズの特徴は、テクノでありながら全面的にコンピュータに依存する事はなく、アナログなシンセサイザーやコンピュータを「楽器」として使いこなしているところです。

近年のEDMブームについてエド・シモンズは、こう語っています。

「本当にどれもまったく同じにしか聴こえなかったんだよ。 

 曲の感じもひとつしかないんだ。全部、アゲアゲで祝祭的なだけ。」

ちなみにEDMについては様々な意見がありますが、狭義的な解釈としては、

 ”音楽的伝統を持たない、ポップなエレクトロニック・ダンス・ミュージック”

とあり、コンピュータの発達により「誰でも大量生産できるような音楽」、「ライブでは再生ボタンを押しているだけ」と、従来のテクノミュージシャンやファンからは区別され、批判されることもしばしばです。

そして、ミシェル・ゴンドリーもまた、CGに全てを頼らず、緻密な計算にもとづきアナログな手法を用いて、他にはない世界観を表現するアーティストなのです。

 (映画・エターナルサンシャインより)

中国の哲学者である孔子が2500年前に語ったように、手軽さだけを求めて作り上げたものがよく見えるのは瞬間的で長続きはしません。

歴史を知り、昔からあるものを大事にした上で新しい事をバランス良く取り込んでいくからこそ、そこに感動やカルチャーが出来上がっていくのではないでしょうか。

”故きを温ねて新しきを知れば、以て師と為るべし”

それをまさに体現してくれるのがケミカルブラザーズなのです、

written by Double 松井正太