
SEX PISTOLS
SEX PISTOLS 「Anarchy In the U.K.」
今日ご紹介する曲は、SEX PISTOLSの「Anarchy In the U.K.」
この曲を語るにはまずパンク・ロックの歴史を語らなければなりません。
パンク・ロックとは・・・
アンチロック、過激でストレートなメッセージ性、反社会的なイメージを掲げイギリスの若者を中心にブームを巻き起こしました。あの紳士の国と言われるイギリスで起こったブームは音楽だけにとどまらず、ファッションも巻き込むほどの影響だったので、それはもう、計り知れないものがありました。
そんな、イギリスを中心に巻き起こったパンクブームですが、パンクロックの発祥はじつは同時代のニューヨークにあったこと、ご存知の方は少ないのでは。
カントリー・ミュージックが全盛を迎えていた1970年代初頭のニューヨークでニューヨーク・パンクというジャンルが生まれます。テレヴィジョンのボーカル、トム・ヴァーレインがダウンタウンにあったライブハウスCBGBのオーナーを説き伏せ、そこをバンドの拠点として活動をしはじめたことがきっかけでした。
今でこそCBGBといえばパンクロックの聖地としてのイメージが強いのですが、もともとCBGBとはCountry, Blue Grass, and Bluesの略であり、いかにその時代にそういった類いの音楽が影響を持っていたのかがわかります。そんななか、CBGBはテレヴィジョンなどの活動をきっかけにニューヨーク・パンクの聖地となり、以降ラモーンズ 、トーキング・ヘッズ、以前にもここで紹介した パティ・スミスなどのバンドを次々に排出する場所となっていきます。
残念ながらCBGBは2006年に閉店しており、ラストコンサートはパティ・スミスが出演し、レッチリのベーシストであるフリーも彼女のバンドに飛び入り参加するなどして、このライブハウスのラストを華々しく飾ったようです。
そんないきさつで産まれたニューヨーク・パンク。
テレヴィジョン等、彼らのイギリスへのライブ遠征によって、パンク・ミュージックは瞬く間にイギリスでブームを巻き起こすことになります。今でこそパンク・ミュージックといえば真っ先に思い浮かぶのはロンドン・パンクですが、まず最初に彼らに最も多くの影響を与えたのは他でもない、ニューヨーク・パンクだったのです。
そんな背景のあった1976年にSEX PISTOLSはデビューします。そのデビュー曲が今回ご紹介する「Anarchy In the U.K.」なのです。
曲のタイトルからしても無茶苦茶な感じが想像できます。
当時は深刻な不況経済の真っ只中。ロンドンの街には職に就けず行き場をなくした若者達が溢れ、そんな若者たちのフラストレーションや怒りを代弁したパンク・ミュージック。つまりSEX PISTOLSが、世の中に求められるには理由などもはやいらないくらいの背景があったのです。
そして「SEX PISTOLS」 を語る上で絶対に外せない人物が2人います。
それがマルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッド です。
1971年、キングス・ロード430番に2人は 「 Let It Rock 」というファッションブティックをオープンします。1974年、渡米したマルコム・マクラーレンはニューヨーク・パンクに強い影響を受け、ニューヨーク出身のパンクバンド「ニューヨーク・ドールズ」のマネージャーに就任しますが、まもなくバンドは解散。
直後にイギリスに帰国し、それまでの店名「 Let It Rock 」を「SEX」と変更。
「 ドールズ以上に過激で、人に嫌われるバンドを作ろう 」ともくろみ、それまで店に出入りしていた不良少年をスカウトし、混じりっけない100%ド素人バンドが誕生させます。その100%ド素人バンドが「SEX PISTOLS 」でした。
マルコムと公私ともにパートナーだったデザイナーのヴィヴィアンも彼らをプロデュース。パンクのスタイルを流行させ、のちに「パンクの女王 」と呼ばれるようになります。その中でもボーカルのジョニー・ロットン(現ジョン・ライドン)とベースのシド・ヴィシャス(2代目ベーシスト もともとはピストルズのファンで、ヴィヴィアン・ウエストウッドから最も寵愛を受けていたメンバーと言われている)はバンドの顔として大活躍。彼らのファッション、ヘア・スタイル、言動は全てが新しく、多くの若者に支持されることになります。
デビュー後は、大手EMIと契約するも、テレビで放送禁止用語を連発したため契約を破棄されますが、後にその出来事を皮肉った「 EMI 」という曲を制作するなどの暴れっぷり、笑。そんなバンドでも「 ローリングストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト 」にしっかりとランクインしています。
そんな今や伝説となったバンド「SEX PISTOLS」のヘアスタイルやファッションは、今でも多くのデザイナーがイメージソースとして使っています。美容師も例外ではありません。
例えばアシスタントにスタイリングをお願いする時に「 シドっぽく仕上げて! 」なんて感じにオーダーすることもしばしば、笑。でも最近では、なかなかこのニュアンスをわかってくれる若者が少ない現状が個人的には悲しくもあります。。。
マルコムは後に店名を 「 SEX 」から「 SEDITIONARIES 」(1976年)、 「 World’s End 」 (1979年)と変更し、今でもキングスロード430番に存在しています。私が音楽にハマったきっかけを作ってくれたのがBEATLESだとすれば、ピストルズは実際に髪型やファッションをお手本にしたり、イギリスへの憧れを更に強くしてくれたバンドです。
学生時代、海外研修で初めてロンドンを訪れた際には、アビーロードよりも先にキングスロードへ本物のパンク・ロッカーを探し行きました。「 World’s End 」には、強面のパンクのお兄さん達がたくさんいたのですが、その印象とは裏腹にとても優しかった記憶があります。イギリスとは本当に紳士の国なんだなと感じさせてくれたと同時に、人は見かけで判断してはいけないということもしっかり学ばせてくれました。
音楽のすばらしさだけでなく、そんなことも教えてくれた「SEX PISTOLS」。1996年に待望の初来日を果たします。(勿論、シド抜きですが・・・)
実はこの公演、私もチケットを入手していたのですが、急遽行けなくなり友人に泣く泣く譲ったという過去があったのですが、後日、友人にその時の公演の様子を尋ねたところこんな返答が・・・
「 思ったより演奏がうまくてちょっとガッカリした 」
それを聞いた私の胸が少しだけ救われたのは、、言うまでもありませんでした、笑。