HEARTS/Double Bside

HEARTS
Double

Singalong

2016,09,24
The Who
「substitute」

The Whoさん(@officialthewho)が投稿した写真 - 2015 1月 30 1:04午後 PST

1964年にイギリスでピート・タウンゼントを中心に結成されたロックバンドThe Who。
ビートルズや、ローリングストーンズとともにイギリスの3大ロックバンドとされています。

結成初期の頃から労働者階級の若者の心情を代弁した歌詞や、ワイルドなライブパフォーマンスで若物達のハートを一気に掴みました。彼らのファッションは、丈の長い3つボタンのジャケットに、細身のパンツのスーツスタイル。ヘアは、マッシュルームカットなど前髪を下ろして横に流したドライな質感のショート。今も街で見かけるファッションやヘアですが、この時代の前にはリーゼントに分厚い上着を合わせるスタイルであるテディボーイが主流であり、まさしくスタートはテディボーイにアンチテーゼを投げかけたものから始まりました。

その後、彼らの音楽性やファッションはモッズカルチャーに大きく影響を与えていくことになります。

 

細身のジャケットに身を包み、くるぶし丈のパンツにタッセルつきのローファーを合わせるモッズの王道コーディネイト、当然冬は寒いものでした。しかし労働者階級の若者に上質なものを着る金銭的余裕は当然なく、安価で手に入るアメリカ軍のミリタリーパーカーを愛用していた事から、それがモッズコートと呼ばれるようになります。

The Whoさん(@officialthewho)が投稿した写真 - 2015 10月 30 7:18午後 PDT

今回ご紹介するのは、66年発売の4thシングル「substitute」。この曲はThe Whoのデビュー初期の代表作で、メインソングライターであるピートが『初めての最高傑作』と語るように、これまでに発売されたベストアルバムに必ず収録されています。彼らの代表作は他にもありますが、私はこの「substitute」が1番好きな曲。


 

印象的でポップなイントロから始まって、“サブスティチュート”のコーラスが可愛い王道の英国ロックという感じで、セックスピストルズやラモーンズなど数多くのアーティストがカバーしています。

substituteとは、代用品や代役という意味ですが、邦題はなぜか「恋のピンチヒッター」。単なる恋愛ソングではなく、労働者階級の若者達の心情を深く掘り下げて歌った一曲なのに、この邦題であったことが、日本でヒットしなかった理由のひとつかもしれません。

The Whoさん(@officialthewho)が投稿した写真 - 2016 6月 13 9:14午前 PDT

そして、なんといってもキースのドラムさばきが必見の楽曲でもあります。初めてのこの曲の動画を見た時は、ボーカルのロジャー・ダルトリーよりも、バックに映るキースのドラムが独特で、激しすぎる・・・!!とも思いましたが、その甘いマスクからは想像つかない程のドラミングのギャップがとても魅力的なのです。

 

そして、ステージパフォーマンスが過激なのはもちろんキースだけではありません。ピートも縦横無尽に飛び跳ねたり、腕を派手に回したりしながらギターを弾き、最終的にはギターを叩き壊し、キースも同じくドラムセットを叩き壊す、なんていう事もしばしばあったそうです。

ちなみに、67年のモンタレー・ポップ・フェスティバルでジミ・ヘンドリックスがステージ上でギターに火をつけて燃やしたのはロック史に残る有名な逸話ですが、実は、先に出演していたThe Whoが演奏中にギターやドラムをほとんど壊してしまったために、ジミ・ヘンドリックスは彼らよりインパクトのあるステージにする為にやむなくこのパフォーマンスを生み出したのだそうです。

そしてそんな激しいライブパフォーマンスをする一方で、彼らはそれまでのイメージを一新するかのように69年にロックオペラと呼ばれる、アルバムに一貫したストーリー性のあるコンセプトアルバム「トミー」をリリース。これが全英、全米共に大ヒットし、ファンの層を一気に広げていきます。その後も71年にアルバム「フーズネクスト」や、73年にはロックオペラ第2弾の「四重人格」など大ヒットを連発し、その人気を不動のものにしました。

しかし、悲劇は突然訪れます。1978年、キースがドラック過剰摂取にて急死。

その後別のドラマーを入れて活動を続けますが、様々なアクシデントが勃発。歯車が噛み合わずに82年ピートにより解散宣言が発表され、17年の栄光に終止符が打たれました。

ピートとロジャーはその後も世の期待に応えるべく再結成を繰り返しています。結成から50年経った今も活動を続けているのは素晴らしい事ですが、私にとってThe Whoのメンバーは「substitute」を演奏していた4人。

故キース・ムーンの墓石盤にはこう記されています。

Keith Moon ‘WHO’drummer 1946-1978
“There is no substitute”

唯一無二の存在。バンドのリズムの要であるドラマーが圧倒的な存在感を放っていたのは間違いありません。