2017,08,12
U2
「Where The Streets Have No Name」
「グラミー賞獲得数22作品」
「単独公演歴代動員記録TOP3独占」
1980年のデビューから現在に至るまで、一度の解散も、メンバーの脱退や変更もなく、第一線で活躍し続けている奇跡のバンド、U2。
そんなモンスターバンドである彼らの大傑作アルバム、「The Joshua Tree」。発売から30年が経った今もなお、色褪せることのない名盤として語り継がれています。今回はこのアルバムの中から「Where The Streets Have No Name」を紹介したいと思います。
この曲は、アルバムの1曲目でありながら、イントロがなんと約1分20秒もあるのです。これは現在の音楽シーンではなかなか考えられない事。なぜなら、今の音楽はストリーミング配信が主流であり、定額制で聴き放題の時代。どれだけ早く聴き手の気持ちを掴むかが勝負のため、イントロが5秒以上続く曲は良し悪しに関わらず、すぐにスキップされてしまう傾向にあるのだそうです。
しかし当時はCD全盛の時代。アルバムの曲順や構成、ストーリーが今よりももっと重視されていました。ですので、この1分20秒のイントロなしではこの曲、そして「The Joshua Tree」というアルバムは成り立たないのです。
始まりの曲にふさわしく、ディレイというエフェクターを使用して演奏される、煌めくようなギターは少しずつ疾走感を増していき、思わず走り出したくなるようなポジティブな気持ちになります。そして歌詞がまた素晴らしい。
I want to run
(走りたい)
I want to hide
(隠れたい)
I want to tear down the walls that hold me inside
(僕を内側に閉じ込めているこの壁を引き裂いてやりたい)
I want to reach out
(手を伸ばして)
And touch the flame
(炎に触れたい)
Where the streets have no name
(名もなき場所で)
希望と不安が入り混じった初期衝動がすごくよく表現されているこの曲は、何か新しい事にチャレンジする時に聴きたくなります。
しかし、U2がこの曲に込めた想いは、そんな単純な言葉では言い表せない深い意味があるのです。その理由として、ボーカルのボノはこの詩を書くきっかけになった出来事をこう語っています。
「街にいるとすごい閉所恐怖症になって、この街から逃げ出して、どこかの街の価値観、社会の価値観に縛られない場所に行きたいって気持ちになるんだけど、あれを歌ったんだ。一度誰かがこんな面白い話を教えてくれた。ベルファスト(北アイルランドの首都)ではある人がどの通りに住んでるかで、その人の宗教だけじゃなく稼ぎまでわかるっていうんだよね。丘の上に行けば行くほど家は高くなるから、文字通り道のどっち側に住んでるかでわかるって。その話が心に引っかかって、通りに名前がひとつもついてない場所の曲を書き始めたんだ。」
ーSong Factsより抜粋ー
U2はアイルランド出身のバンド。アイルランドは金持ちと貧乏人、カトリックとプロテスタントで居住区がはっきりと分かれている町が多く、どの通りに住んでいるかで宗教・収入・信条までわかってしまうそうです。そして未だに残る宗教的・民族的な差別。この歌は、そういう属性に支配されない自由な世界を歌ったものなのです。
そして、このアルバムを語る上で絶対に欠かせない人物が、プロデュースを担当したブライアン・イーノ。もともとはROXY MUSICというバンドに在籍し、アンビエントミュージック(環境音楽)の先駆者であり、Windows'95の起動音を作曲した人物。
このアルバムのどの曲よりも労力を費やした作品であるこの曲。あまりにも製作が難航したそうで、こんな逸話があります。
「ブライアン(イーノ)が、そのトラックにイラついてることは分かってたよ。みんなが『Where The Streets Have No Name』に取り組んでる時に、エンジニアが紅茶を作りに部屋から出て行った。彼が戻ってきた時、ブライアンはテープを録音状態にして…まさにボタンを押して、全てのトラックを消そうとしてたんだ。エンジニアは紅茶を落として走り寄り、ブライアンを捕まえて引き止めた。ブライアンはビックリしてたよ。チームの若手が紅茶を落として先輩を襲い、曲を消すのはよくないって言ったわけだからね。」
(当時の関係者)
「その話には誤解があるね。何度も話したが、ここで真実を話そう。録音は終わっていた…終わっていたけど、非常にたくさんの問題があったんだ。僕らは何週間もかけて、あの曲をやり続けていた。アルバムの半分くらいはあの曲に費やしたんじゃないかな。問題を解決しようとしてね、悪夢だったよ。同じことの繰り返しに陥ってたんだ。僕は初めから全部やり直した方がずっとマシじゃないかと感じてた。やり直した方がもっと早くできる確信もあったしね。そこで考えた。テープを消してしまえば、諦めてもう一度やり直さざるを得ない。事故に見せかけてテープを消そうとね。でも本当はやってないよ。」(イーノ)
ー「DIFFUSER.FM」より抜粋ー
あの名プロデューサーをここまで悩ませた曲。その出来は30年経った今聴いても素晴らしく、ツアーでも毎公演演奏され続けている、U2にとって欠かす事のできない代表曲となりました。
「どんなにU2のライブがヘロヘロになろうと、この曲を演奏すればきちんとした形になるんだ。」(ボノ)
今年で発売30周年を記念して、The Joshua Tree完全再現ツアーが開催されています。そしてなんと…奇跡が重なって、フィラデルフィアでの公演を観ることができたのです!
ボノが言う通り、(ライブは全然ヘロヘロではなかったですが)開始5曲目に演奏されたWhere The Streets Have No Nameの盛り上がり方は尋常ではなかったです。キラキラとしたギターイントロ、怒号のような歓声、当時の初期衝動を思い出させる演出は、涙なしには観れない、圧巻のステージでした。
本当に良いもの、どれだけ時代が進んでも色褪せる事なく人の心を揺さぶる作品とは、たくさんの人達の、計り知れない苦悩なくしてはできないものなんだと、改めて考えさせられました。